脳・神経・筋の病気

アルツハイマー病

あるつはいまーびょう
Alzheimer's disease

初診に適した診療科目:神経内科 精神科 内科

分類:脳・神経・筋の病気 > 認知症を主症状とする病気

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どんな病気か

 アルツハイマー病は1907年、55歳で亡くなられた女性患者さんに関するアルツハイマー博士の論文にちなんで名づけられました。

 それ以後、アルツハイマー病は65歳未満の人に起こる病気とされ、高齢者にみられる認知機能障害とは区別されていました。しかし30年ほど前から、65歳未満の若年期のものと高齢者に起こるものが脳内の病変に共通点の多いことから、両者をアルツハイマー病とまとめて呼ぶようになりました。ただ、介護などの面では若年者と高齢者とは対応が異なるため、最近では若年期を分けてとらえることもあります。

 記憶などの認知機能の障害が症状の中心ですが、それ以外にも徘徊などの異常な行動や、物を盗られたという妄想などがみられます。CTやMRIなどの画像により検査すると、脳の萎縮が認められます。

 アルツハイマー病ではアセチルコリンという神経伝達物質が減っていますので、それを補う薬である塩酸ドネペジル(アリセプト)が使用されるようになりました。また、さまざまのケアなども治療の一環として行われます。

原因は何か

 この病気の原因は完全には明らかにされていません。βアミロイド蛋白、タウ蛋白が関係して、神経細胞が障害されると思われます。しかし、最大の原因は老化という時間的な因子ですが、どのように関係するかは不明です。

症状の現れ方

 初めは、新しいことが覚えられないと訴える人がいちばん多いようです。そのため今までできていたことが困難になり、自信をなくし、やる気を失い、抑うつ状態に陥ることもあります。また、肩や腰の痛みを不治の病と思い込むような心気症や、理屈に合わない考えに凝り固まるパラノイアという妄想が出ることもあります。

 その後、「今日は何月何日か」がわからないなど、時間が認識できない見当識の障害が現れます。物の名前が出てこない、臭いや味がわからないとか、約束どおりに物事を実行できなくなるので、日常生活を送るうえで困ることが増えてきます。

 さらに進むと、新しいことだけではなく古いことも忘れます。言葉の理解ができず、道具がうまく使えないとか、着衣ができないこと(着衣失行)もあります。また、道順がわからなくなり、家に帰れなくなります(徘徊)。

 実は、介護をする人が困るのは先に述べた高次脳機能障害よりも、行動や心理的な異常なのです。暴力や暴言、あるいは大便を壁に塗る(弄便)などの異常な行動がみられるようにもなります。

 いちばん多いのは「物を盗られた」(物盗られ妄想)とか「夫が浮気をしている」(嫉妬妄想)など、ありもしない事柄を妄想する心理的な異常です。

 感情的にも不適切な反応があり、興奮する、不安になる、無関心で何もしない(無為)、また逆に楽しそうである(多幸)人もみられます。少しのことで動揺する(易刺激性)、抑制が効かなくなる(脱抑制)こともあります。

 日常生活では電話に出ること、外出して買物の支払いができなくなってきます。薬の服用ができなくなり、入浴や食事、排泄も一人では難しく、介護を拒否することもあります。自動車運転が危険になりますので注意が必要です。

 夜間の睡眠が十分にとれず、夜中に泥棒が入ったなど、ありもしないことを信じて(妄想)、家族を起こしてまわることもあります(夜間せん妄)。誰も相手にしないと自分が見捨てられたと思います(見捨てられ妄想)。

 高度のアルツハイマー病では無為・無動が著しくなり、命令や刺激に対する反応性が悪くなります。寝たきりになることもあります。ただ、反応が少ない人でも、感情は豊かに保たれていて、見守る側が驚くこともあります。

検査と診断

 最初に行うのは、記憶に重きをおいた認知機能の検査です。よく利用されるのが長谷川式簡易知能評価スケールとミニメンタル・ステート検査(MMSE)です。高度認知症の人にはSIBという検査も使用します。

 日常生活に関する検査としては臨床認知症評価尺度(CDR)があり、記憶、見当識、判断力、問題解決能力、社会適応、家庭状況、趣味、関心、介護状況を5段階で評価します。

 機能評価ステージ(FAST)は物忘れ、会話、旅行、家計、着衣、入浴、排便、歩行の程度より、軽度、中等度、高度に分類します。

 介護をするうえで問題となる行動・心理症状は、神経精神情報詳細(NPI)により評価します。妄想、幻覚、興奮、脱抑制、不安、多幸、無為、異常行動などについて評価します。

 アルツハイマー病では脳が萎縮しますから、X線CTやMRIで脳の形を検査します。とくに脳の海馬という部分の萎縮が強いので、VSRADという方法で正常者との違いを比較します。

 脳の血の巡り(脳血流)が悪い部位をコンピュータ処理による画像表示で検査したり、アルツハイマー病の発病と関係の深い老人斑アミロイドの蓄積を発見する方法もあります。

 また、家族性に発病するアルツハイマー病の人については承諾を得たうえで、遺伝子検査をすることもあります。もちろん個人情報の保護には十分配慮されています。

 アルツハイマー病の診断は特定の検査だけでは難しいので、図20のように順序を踏んで行われます。まず、物忘れがあれば軽度認知障害ではなくて広義の認知症であることを確認します。そのなかから身体疾患や脳外科的疾患を除外診断して、狭義の認知症とします。

 狭義の認知症から脳血管性認知症、プリオン病、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症、ほかの変性型認知症を除外して初めてアルツハイマー病が疑われます。

治療の方法

 アルツハイマー病の治療薬として認可され、現在市販されている薬は塩酸ドネペジル(アリセプト)のみです。アルツハイマー病の人の脳ではアセチルコリンを作る酵素のはたらきが弱く、アセチルコリンが減ってきます。塩酸ドネペジルはアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼのはたらきを止めるように作用し、減ったアセチルコリンを増やします。

 塩酸ドネペジルは日本で開発された薬ですが、最初は米国でアルツハイマー病に対する効果が証明されました。3年後に日本でも認知機能、日常動作や生活の質が改善することが認められ、1999年に認可されました。

 最初に認められたのは、軽度〜中等度のアルツハイマー病の人への3㎎と5㎎錠でしたが、2007年には高度の人に10㎎錠が認可されました。

 塩酸ドネペジルは認知障害のみならず、家族や介護者の印象評価の面や、一部の精神症状や行動障害にも効果がみられると報告されています。

 塩酸ドネペジルはすぐ脳に入りますが、時に消化器の副作用が現れます。吐き気がある、嘔吐する、唾液が出る、脈が遅くなる、汗が出るなどと訴える人もあります。消化器の副作用には胃薬を服用します。ただし、脈が遅くなりますから、長風呂は避けてください。

 投与にあたっては、まず塩酸ドネペジルを1日3㎎、1〜2週後に5㎎に増量します。高度のアルツハイマー病には10㎎を投与することもあります。

 外国では塩酸ドネペジル以外のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬として、ガランタミンとリバスチグミンがアルツハイマー病に使われています。しかし、日本での試験は終わりましたが、認可には至っていません。

 さらに、アセチルコリンのはたらきを増し、グルタミン酸のはたらきを抑えるメマンチンという薬も外国で使われていますが、日本では試験が終わったばかりで、まだ許可されていません。このような違いは残念なことです。

 今、世界中でβ‐アミロイド蛋白の抗体によって、アルツハイマー病を根本的に治療しようという計画が始まっています。β‐アミロイド蛋白というのは神経細胞を破壊するはたらきがありますので、それを除去する計画です。成功すると、アルツハイマー病治療の未来が明るくなるでしょう。

 現在は、塩酸ドネペジル以外にアルツハイマー病の人に使用できる薬がないため、他の病気に使われている薬を使うこともあります。しかし、それらの薬には副作用が多いため、できるだけ短期間、少量を、慎重に投与すべきです。

 妄想や徘徊などの行動・心理症状がある場合、非定型抗精神病薬といわれるクエチアピン(セロクエル)や、漢方薬である抑肝散が投与されます。しばらくすると、異常な言動がみられなくなる例もあります。

 ただし、約3カ月をめどにして薬を中止するのが大切と思われます。長く薬を続けると高齢者では神経系や循環器系などに副作用が現れて、重篤な場合は死につながることもあるからです。

 抑うつや睡眠障害のあるアルツハイマー病の人には、塩酸トラゾドン(レスリン、デジレル)などのセロトニンの取り込みを抑える抗うつ薬がよいと思います。睡眠障害のある認知症の人には通常の睡眠薬はあまり効きません。

非薬物療法による治療

 薬の効果には限界があるので、介護保険などにより、ケアなどの非薬物療法が行われています。非薬物療法は薬と違って、ケアする人のやり方によって差が出ます。また、環境の整備も症状の改善には大切です。

 上手なやり方としては①その人らしさを大切にする、②楽しく笑顔が出るようにする、③本人の能力を発揮させる、④安全に行う、⑤慣れ親しんだ生活を継続させることがあげられます。

 その際、認知症ケアマッピング(ケアサービスの質を評価し、改善する手法)によりケアなどの効果をチェックするとよいでしょう。認知症の人の状態はケアの方法の良否を写す鏡であるといわれ、よいケアをすると笑顔が見られます。効果があると思われる非薬物療法を次に掲げます。

1.バリデーションセラピー

 認知症の人の混乱した行動の裏には必ず理由があると考え、その異常を受け入れ、共感をもって対応します。会話の終わりの言葉を繰返すとコミュニケーションがとりやすくなります。

2.リアリティーオリエンテーション

 時間や場所がわからないで不安に思っている人にそれらを教えると、安心感がもどることがあります。

3.回想法

 昔の話や昔なじんだ作業をすると感情的な安らぎを得て自信がもどり、生き生きするようになります。

4.音楽療法やアートセラピー

 音楽を聴いて楽しむ、楽しく歌うとか、絵や彫刻、粘土細工を楽しむと症状が改善します。

5.認知刺激

 初期の認知症の人にはトランプ、オセロ、計算などの知的な刺激が認知機能を高めます。

6.運動療法

 運動を続けると、認知機能が高まり、認知症の予防にも有用という報告があります。

 それ以外にも、マッサージや香りを楽しむアロマセラピーもよく行われています。これらの治療法を決して無理強いすることなく、失敗しても叱らないことが大切です。間違いを指摘したり、叱ったりすると症状が悪くなります。

病気に気づいたらどうする

 物忘れは高齢者で誰にもみられますが、それにより本人や周囲の人に迷惑がかかるようですと認知症の恐れがあります。しかし、意識障害などの可能性もありますので、医師に相談して正確に診断してもらってください。

 アルツハイマー病ならば非薬物療法により、まず改善を図ってください。公的支援を利用して、介護保険やデイサービスなども利用してください。

 次に、塩酸ドネペジルを3㎎→5㎎の順で投与してください。行動・心理症状がある場合はクエチアピンなどの非定型抗精神病薬や抑肝散などを少量、短期間、慎重に使用してください。

 治療の概略を他の認知症とともに図21に示します。

(洛和会京都治験・臨床研究支援センター所長 中村重信)

図20 認知症の診断方法図20 認知症の診断方法

図21 認知症の治療の概略図21 認知症の治療の概略