呼吸器の病気
「新型インフルエンザの恐怖」を冷静に考えよう
分類:呼吸器の病気
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インフルエンザの被害は甚大で、これに関連する死亡は米国では年平均2万数千人、日本で1万人強といわれています。ところが、新型インフルエンザが蔓延すると、日本では50万人〜100万人が亡くなるという見込みを厚生労働省が出しました。しかし、どうやらWHOや諸外国はそうはみていないようです。この場合、歴史から学ぶのは正しいとしても、過去におけるどの新型インフルエンザに学ぶべきかによって予想がまったく異なるからです。
厚生労働省が引用したのは、1918年から大流行した、いわゆるスペインかぜです。世界中で4000万人、日本では38万8千人が亡くなり、とくに青・壮年層の犠牲が多かったようです。
当時の日本の人口は約6000万人、現在はその倍ですから、同じことが起こったら確かに50万人〜100万人が亡くなります。ウイルス感染に対する生体の過剰な免疫防御反応(=サイトカインストーム)が起こって、働き盛りが犠牲になるともいわれています。しかし、あくまでも「同じ状況だったら」という仮定付きです。
当時は、インフルエンザがウイルス感染症であることはわからず、インフルエンザ罹患後に起こることの多い肺炎に有効な抗生物質もまだありませんでした。インフルエンザウイルスは1933年に発見され、最初の抗生物質のペニシリンは1941年に登場したのです。1918年当時は、社会の条件(経済、衛生、情報、その他)も今とはずいぶん違います。スペインかぜによる死亡の原因をよくみることと、もっと現代に近い時代に起こった新型インフルエンザをよく知ることが重要です。
スペインかぜによる死亡の原因を詳細に調べた論文が2008年に出ました。米国・国立アレルギー感染症研究所長のFauchiらは、保存されていた当時の死亡者58名の病理組織と8000名以上の病理解剖記録を再調査したところ、死亡の原因の96%は細菌性肺炎によるものであり、70%以上は敗血症を併発していたとのことでした。サイトカインストームなどはなかったようです。しかも、1957年から蔓延したアジアかぜや、1968年からの香港かぜの蔓延初期の死亡原因もほぼ同様であったと報告しています。
すなわち、過去の新型インフルエンザによる犠牲のほとんどは肺炎によるものだったのです。今日、肺炎の治療薬、すなわち抗生物質は多数ありますし、近年は予防のワクチンもあります(日本で普及していないことは残念ですが)。これらの武器がなかったスペインかぜ当時とは大違いです。
それでは、これらの武器がそろい始めてからの近年の新型インフルエンザではどうだったのでしょうか?
1957年からのアジアかぜと1968年からの香港かぜで、日本ではいずれも3〜5万人が亡くなったとされていますし、同じ香港かぜながらタイプが大きく変わって大流行した1998年〜1999年も、それに近い数字だったといわれています。スペインかぜの犠牲者数、そして厚生労働省が見込んでいる数十万人とは大きな違いですが、やはり社会経済や医療のあり方が似ている最近の事例に学ぶべきでしょう。
2009年の春から出現した豚由来新型インフルエンザでは、とくに日本の被害が世界で最も小さく、これはやはり治療法の進歩によるところが非常に大きいと思われます。治療が一番進歩しているのは日本といわれているのです。そしてインフルエンザに対する一人一人の防御(無用の外出を控える、外出後のうがいと手洗い、規則正しい生活、適正な食事、体力を蓄える)などに加えて、症状発現後は早期の受診と治療開始、また、高齢者などでは肺炎予防のワクチンの接種などを行っておけば、被害は最小限に抑えられるはずです。